芸能プロデューサー×小津安二郎 “小津素人の小津安二郎体験”|ダメ業界人の戯れ言#17

更新:2024.1.17

ドラマや映画などの制作に長年携わってきた読書家プロデューサー・藤原 努による、本を主軸としたカルチャーコラム。幅広い読書遍歴を樹形図のように辿って本を紹介しながら、自身の思うところを綴ります。 今回は、年末に見た映画『PERFECT DAYS』の監督のルーツである映画監督、小津安二郎に出会い直したお話です。

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小津素人の小津安二郎体験

年が明けました。いきなりで恐縮ですが、僕はふつうの映画ファンにちょっと毛が生えた程度の映画好き人間です。

ただただ映画館のスクリーンで映画を見るのが好きで、時間があれば見たい映画を検索して席を予約して見に行くというのをここ数年ずっと続けています。おまけに昨年5月に60歳の誕生日を迎えて、ほぼどの映画館でもシニア料金で行けるようになり、その行動に拍車がかかるようになりました。

そんな僕なのですが、日本の映画関係者のとても多くの人が何かと言っては語りたがる「小津安二郎愛」がこれまでどうにも性に合わず、おおむね敬して遠ざける態度を取り続けてきました。

ずいぶん前にどこかの二番館で『お早よう』と『東京物語』を見たことはあったのですが、その時の体調がいまいち優れなかったのと、映像が白黒かつ固定的、及び驚くほどセリフ回しが平板というのもあっておそらくどこかで寝落ちしてしまったのでした。

しかし映画好きの業界人の人と話を合わせるために「小津ってやっぱいいよねー」などと賢しらに言っていました。もうこの歳なのでここらで前言を深く反省したいと思います。

 

ところが昨年(2023年)暮れに、ヴィム・ヴェンダース監督、役所広司主演の新作映画『PERFECT DAYS』を見て、何だかとても心を掴まれてしまい、そのパンフレットも買って読んでいて、ドイツのこの監督がもう無茶苦茶に小津安二郎シンパであることを知って、急に小津安二郎を探求してみようという気持ちになりました

ちょうどそんなタイミングで平山周吉という人の『小津安二郎』と言う評伝が、2023年の大佛次郎賞を受賞し、これを読みながらこの年末年始小津にまみれてみてはどうかという天啓のようにも感じられたのです。

著者
平山 周吉
出版日

 

とりあえずこの本を読む前に、U-NEXTで『東京物語』『麦秋』『晩春』を見ました。原節子が伝説の女優になった理由が何となく分かった気がしました。

そんなやつに小津を語ってほしくないと言う声が聞こえてきそうですが、僕はこの本を読んだ読後感想を書きたいだけのやつなのだと思ってどうかご容赦ください。

この本の中では、さまざまな小津映画の成立の事情や裏話、評価などが度々出てくるのですが、読む前に見た3作を見た後でなら、見ていないものも含めて何となく想像がつき、かつ人間物語としても相当面白く一気読みしてしまいました。

僕自身、何せ60歳と言うのもあって、小津作品で見ていなくても子どもの頃からドラマなどで見て知っている役者の話も多く、あーそんな感じの人だったのか、と、何度も固定した記憶を修正されていく読書体験でもありました。

小津安二郎は生涯で54作の映画を撮ったらしいのですが、その中でより一般的に代表作を選ぶとなると『東京物語』になるのだと思います。昔見た時、寝落ちしたなどと大変失礼なことを書きましたが、今回見直して強く感傷を揺さぶられる作品であることは間違いないと思いました。全く見たことのない人のためにごく簡単にあらすじを掻い摘まんでみます。広島県尾道に住む老夫婦が、東京に住む息子や娘たちの家へ遊びに行く話なのですが、とても温かく迎えてくれるものの、それぞれ日常生活が忙しくて老夫婦のお相手をすることが十分にできず、戦死してしまった次男の嫁(つまり未亡人=原節子)だけが、この夫婦のために時間を費やしてくれることで、老夫婦は実の息子娘よりも血のつながりのない嫁に一番心を許すようになっていく、という物語です。

切ないです。笠智衆さん、やっぱりどうしようもなくいいです。しかし『麦秋』『晩春』を見て、女性が結婚して嫁に行くことの大切さ(これ今のコンプラ的には完全にアウトな言葉ですが)がずっと主たるテーマになっています。本を読んでる最中にもやっぱりもうちょっと見たくなって今度は小津の遺作になるまでの3作『秋日和』『小早川家の秋』『秋刀魚の味』を立て続けに見ました。

どれも面白いのですが、やっぱりずーっと、あの娘を嫁にやれるいい男はどこぞにいないのか、がテーマです。『小津安二郎』と言う今回の評伝を読んでいて、しかし小津は意識的にこのテーマ以外はやらないし、やれないのだ、と取材などでも言っていたらしいのです。

彼は1903年生まれで、しかし30代後半で戦争にも行った当時としてはだいぶ年長の戦中世代でもあるのですが、6歳年下で戦前に名作を生み出し、出征して28歳で戦死してしまった映画監督・山中貞雄の才能への惚れ込みと喪失感が、小津の戦後の映画制作の方向をかなりの部分で規定しているとこの著者は言います。

山中貞雄と言うと、歌手の山下達郎が今でも自分史上最高の映画だと言って憚らない『人情紙風船』を撮った人です。達郎氏があまりにも情熱的にこの映画のことを話すので見たことがありますが、やはり一回ではこの映画の良さは僕には分かりませんでした。

しかしそれはそれとして、小津は、才能ある後輩・山中が、実は原節子のことが好きだったんじゃないかと考える。しかし死んでしまってその思いはもはや届かない。そこで小津は『東京物語』や『晩春』などで、山中が映画の中でよく使った鶏頭(ケイトウ)と言う花を原節子の出演場面にさり気なく置いている、と言うのです。

それが事実なら小津と言う人は、何て憎らしいまでに繊細な人なのだろうと思うのはたぶん僕だけではないでしょう。

山中貞雄を失うことで、戦後の小津が、ある意味半径の小さい家族・親族・友人・同僚物語に終始したのは、その時代へのアンチテーゼのようなものを含んでいた可能性があるように思えてきました

映画美術ということでは、小津最後の3作のうち『秋日和』と『秋刀魚の味』の飲食場面でSAPPOROのラガービール(通称・赤星)がことごとく出てくることに気づきました。一応同じ業界にいる者として、これはタイアップ的なものなのだろうと想像しますが、今のビール業界の立ち位置からしても小津自身が赤星を好きそうな気も何となくしてしまうので、こんなことでさえちょっといいなと感じさせられてしまいました。

ロケーションについても『東京物語』では、老夫婦がやってきた子どもたちが住む東京は、今で言う下町方面らしく、当時、北千住付近にあったと思われる「お化け煙突」の実景が何度も出てきます。

とここまで書いてふと気づきました。ヴィム・ヴェンダースは『PERFECT DAYS』で、役所広司が住んでいる場所(押上あたり)を示すためにスカイツリーを何度も実景として見せるのですが、これはもしかして『東京物語』のお化け煙突へのオマージュじゃないかとさえ、思えてきました。

小津安二郎は、僕が生まれた年の1963年12月、60歳の誕生日に亡くなりました。生きていたら120歳を迎えていた年に60歳の僕が初めて興味を持ったのも何かの因縁かもしれません。

それにしても『PERFECT DAYS』。僕の中では、車の中でアオイヤマダさんが役所さんのほっぺにキスする直前の表情が途轍もなく良くて、その意味を今もまだずっと考えています。


 

info:ホンシェルジュTwitter

comment:#ダメ業界人の戯れ言

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