5分でわかる太宰治『猿ヶ島』ネタバレあらすじレビュー 太宰治が描く風刺社会

更新:2023.10.2

明治期に活躍した作家・太宰治。『人間失格』『斜陽』『女生徒』など、人間の苦悩や葛藤を描いた作品で文豪の地位を確立した彼が、初期に執筆した短編です。 見世物にされる羞恥に耐えかねた猿が、動物園のある島から脱走を企てる本作は、社会風刺にブラックユーモアを交えた世にも奇妙な物語テイストの小説となっています。 今回は太宰治『猿ヶ島』のあらすじや魅力をネタバレありで解説していきます。

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『猿ヶ島』の簡単なあらすじ・登場人物紹介(ネタバレあり)

『猿ヶ島』は長い船旅を終え、人工的な岩山で目覚めた「私」の語りで幕を開けます。周囲には霧が漂い、獣の遠吠えが響いています。

木に登ろうとして枝を折ってしまった「私」に、頭上に陣取る一匹の猿がなれなれしく話しかけてきました。その木は彼の物だったのです。素姓を聞かれた「私」は、狭い箱に詰められ、海を渡ってきた経緯を告げます。猿は自分たちのふるさとは同じだと言い、耳が光っているのがその証拠だと付け足しました。

直後に甲高い咆哮が上がり、驚いた「私」が振り向くと、眉が太い毛むくじゃらの猿が朝日に向かって吠えていました。他の猿たちは「私」と出身が違い、色んな場所から集められたそうです。

先住の猿は日本の北海峡の生まれで、三か月前にここに入れられました。猿は「私」が枝を折った木を手に入れる為にどんな苦労をしたか話し、他の猿と争ってできた傷を自慢します。

しばらくすると岩山の塀の向こうに青い瞳の人間が押し寄せました。異様な状況に怯える「私」に対し、彼等は見世物だと語り、老若男女取り交ぜた人間の種類を解説する猿。

人妻、学者、女優、地主……中には小さい二人の子供が紛れ、「私」と猿を見比べ、ひそひそ囁き合っています。「私」が何を話してるか教えてくれと懇願した所、猿は渋い顔をし「毎日変わらないと言ってるんだ」と伝えました。

「私」は外国の動物園に連れて来られたこと、自分たちこそが見世物にされている現実に絶望し、「何故逃げないのか」と慰めに専念する先住の猿を非難しました。

後日、ロンドン博物館附属動物園から二匹の日本猿が脱走しました。

著者
太宰 治
出版日

猿ヶ島は社会の縮図?見る側は見られる側、見世物に堕す皮肉

『猿ヶ島』は1935年に発表された太宰治の短編小説で、太宰治初の短編集『晩年』に収録されています。とても短く読みやすく、暗く難解なイメージが先行しがちな太宰作品への入口に最適です。

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『猿ヶ島』の注目ポイントして挙げたいのは、「私」の語りがミスリードになっている点。

冒頭にて、「私」は自分を取り巻く状況を冷静に分析し、合理的に思考を巡らせています。故に読者の多くは「私」が人間の成人男性と誤解したまま、ストーリーを追っていきます。

「私」の正体が実は猿だと明かされるのは、動物園の木に登り、同胞と接触した時。

それまで異世界転移者を観察するかのように「私」の行動を見守っていた読者は、自分たちが感情移入していた対象が、極めて人間臭い動物だったことに驚かされます。

『猿ヶ島』は猿を語り手に選び、猿の視点を通し、匿名の群衆に見世物にされる悲哀を描いた風刺小説であると論じられています。

この小説には固有名詞が一切登場しません。「私」が猿ヶ島で出会い、親しくなる猿は「猿」とだけ呼ばれ、人間たちに至っては「人妻」「学者」「地主」「女優」「子供」と属性のみ表現されます。

それが本質の全てであるかのように、極端な記号化が行われているのです。

極東の島国出身の異邦人(猿)である「私」は、突然の環境の変化に戸惑いを禁じ得ません。そんな「私」を同郷の猿は慰め、塀の向こうに詰めかけた人間の群れを示します。

あれは人妻と言って、亭主のおもちゃになるか、亭主の支配者になるか、ふたとおりの生きかたしか知らぬ女で、もしかしたら人間のというものが、あんな形であるかも知れぬ。あれは学者と言って、死んだ天才にめいわくな註釈をつけ、生れる天才をたしなめながらめしを食っているおかしな奴だが、おれはあれを見るたびに、なんとも知れず眠たくなるのだ」

太宰のシニカルな観察眼とニヒリズムが冴え渡る、諧謔のユーモアに満ちた描写ですね。

されど事実は逆、見世物にされているのは「私」達の方でした。

同郷の猿は見世物にされているのを理解した上で、後輩のショックを慮り、欺こうとしたのでしょうか。現状に不満と屈辱を感じ、見世物にされているのはあちら側だと自分を騙していたのでしょうか。

タイトル『猿ヶ島』は動物園、ひいては人間社会の縮図のメタファー。

ここには何もかも揃っており、従って飢える心配とも無縁です。しかし「私」にとっては見知らぬ外国、桃太郎が出征した鬼ヶ島さながらアウェイ。「私」を見に来るのが中産階級以上の裕福な白人たちであり、「猿」が黄色人種(イエローモンキー)の蔑称なのも象徴的。

考えてみてください。

動物園の猿が人間と同じ感情を持ち、物を考えていたとしたら……我々は彼等への非人道的仕打ちを改めるでしょうか?

動物園の猿が無気力で大人しいのが、心理学でいうところの学習性無気力に苛まれ、脱走を諦めているからだとしたら、生き物を閉じこめて見世物にする人間の傲慢さ、他者に自分と同じ心が備わってると考えない想像力の欠如こそが真に恐ろしいとさえいえます。

『猿ヶ島』はSNSが根付いた現代にこそ、広く読まれるべき作品です。

「私」から見た人間たちは無個性な匿名の群れに過ぎず、先住の猿は「人妻」「学者」「地主」と雑にレッテルを貼っていきます。かたや人間たちから見た「私」は、その他大勢の猿の一匹に過ぎず、「毎日同じことをしている」と蔑まれます。

自分と少しでも見た目や考え方の異なる人種を「猿」と見下し、叩くのに余念がないSNS住人たち。そのディスコミュニケーションの戯画化が、『猿ヶ島』をなおさら味わい深くしています。

著者
山口真一
出版日
著者
橘 玲
出版日

世にも奇妙な物語テイストのナンセンスが光る短編

『猿ヶ島』を読んだ人は、フジテレビのオムニバスドラマ『世にも奇妙な物語』や、星新一のショートショートを連想するかもしれません。

上記の作品群に共通するのはブラックユーモアと不条理さ。『猿ヶ島』は叙述トリックによるミスリードを上手く用い、中盤まで「私」の正体が伏せられている為、より後半のペーソスが際立ちます。

勘の良い方は「狭い箱に入れられ長い船旅をした」記述で、「私」の正体や猿ヶ島の秘密を看破するのではないでしょうか。

1996年12月24日に聖夜の特別編として放送された『世にも奇妙な物語』内に、『猿ヶ島』とよく似たエピソードがあります。勝俣州和主演の『ゴリラ』です。

『ゴリラ』は日中親善大使として動物園で受け入れる予定のゴリラが急死し、困った外務省の役人が、ゴリラの物まねが得意なお笑い芸人(勝俣)を替え玉に据える話。

各種イベントをこなし、動物園で見世物となる芸人の姿は、『猿ヶ島』の「私」と重なって見えます。

「私」は異国で見世物に堕すのを恥じ、望郷の念に駆られ脱走を実行後に消息を絶ちます。一方で人気を欲し、自ら見世物となる運命を選んだ芸人を待ち受けるのは過酷な現実でした。

承認欲求に狂わされた人間と辱めをよしとせず逃げた猿。本当の道化ははたしてどちらなのでしょうか。

匿名の安全圏から誰かを見世物にする行為は、その者の尊厳を著しく脅かし、面白がる側の品性をも貶める諸刃の剣なのかもしれません。

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著者
["新一, 星", "志村 貴子", "小田 ひで次"]
出版日
著者
星 新一
出版日
1971-05-25

『猿ヶ島』を読んだ人におすすめの本

太宰治『猿ヶ島』で世界が裏返る衝撃を味わった人は、同時代を生きた文豪・芥川龍之介の傑作短編、『南京の基督』を読んでください。

本作は梅毒に侵された十五歳の少女娼婦・金花と、キリストに似た外国人客の一夜の情事を描いた話。

『猿ヶ島』の「私」が聡明であるが故に現実に絶望したのと対照的に、無知なる者の幸福、無垢なる魂が授かる福音を描いて、しみじみした読後感をもたらしました。

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著者
芥川 龍之介
出版日

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著者
["春河35", "朝霧 カフカ"]
出版日
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