【#3】※この岡山天音はフィクションです。/「タイトルなし」

更新:2023.9.13

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「血液型占いってさぁ、日本人の常識みたいにして子供の頃から刷り込まれて来てるけど、でも俺は信じてねぇんだよな。一つ前に付き合ってた彼女はO型だったけど、神経質でずっと部屋に籠りっぱなしだったよ。だって別れたその日に俺の嫌だったとこ、ラインにバァーーーって書いて送って来てさ。付き合う前の事とかから書いてあんの。すげえ長文だよ。スライドしてもいつまでも終わんねえの。小説かと思ったわ。小説だったら短編だけどな。付き合ってる最中からメモしてたんだって。面白い子だったんだけどなぁ、面白過ぎたな。てか俺は自分の血液型分からないんだよな、そもそも。あとあれって変わるって言うしな。大人になってから改めて調べたら違う血液型になってたって事があるらしいんだよ。よくわかんねえから調べてないよ。そもそもこれだけ日本では浸透してるのに外国には無い文化っていうのも胡散臭い話だよな………ちなみに岡山くんは何型なの?あ~~~………岡山くんはABっぽいよなぁ。よくわかんねえもんな。今目の前に居る時以外、どんな顔して何してるのか、想像付かないもん………まぁ外国にはないんだけどね。」

Yさんは灰皿にタバコの先を押し付けると、またすぐに新しい煙草に火を点けた。一度に一本じゃ足りない、と初めて会った頃に話していた。

「人は占いが好きだなぁ。読みたいんだな。人のこととか未来のこととか。正体のわかんないものばっかりだもんな。あのさぁ知ってる?クラゲって脳がないんだよ。よくわかんねえよな。なんで人間だけこんなに複雑なんだろうな。そんな複雑なもんを血液型占いなんて4つの枠に当て込もうとしたって無理あるよ………え?……あぁ……俺が人を見る時はね……『人の端っこ』を見るかな……その人と話して行く中で、内容はどうだっていいんだけど、こっちがどういう体勢でその人に問いかけをして、その人の身体がどう反応するのかを見てるかもな。まぁわかりやすいところで言ったら目だよな。こっちが相手の目を見て何か言葉を渡した時、相手の目がどう動くか。目だけじゃ無くて相手の全身がどう動くのか。視界の端からでもそこを見てるな。体の向きや手の動きにこそその人は出る。あと足もな。問いかけの内容は色々だよ。その時によって、その流れの中で、問いかけの濃淡を作っていくんだよ。本当に聞きたい訳じゃない。受け取り方に大きな反応が起こりそうな言葉を渡して行く。よく見てると、その人が他からこう見られたいって造形された所から少しだけはみ出してる部分があるんだよ。神は細部に宿るって。その人の神様が乗っかってる『その人の端っこ』を見るの。」

Yさんは煙草を持った右手で、左手の甲を掻く。Yさんの左手の親指の第一関節には小さな○がある。この世で一番好きな形が○だから、十四歳の時に入れてもらった刺青らしい。

「だからさぁ、どっかから借りて来た統計とかよりも、やっぱり目の前のその人から教えてもらわないとなぁ。その相手はその相手だけだからさぁ。何でもそうだけど、この人は何型だとか、この人昨日はこうだったから、とか。前提は使い勝手の良い道具に見えて、実は視界を遮る障害だよな。危ないよ。先入観がそのものの面白さを殺しちゃうんだよ。」

Yさんはそう言いながら、煙草の煙を少しだけ吐き出して、それから大きなため息をついた。身体の芯から出たため息というより、俺にそのさまを見せる為のため息という感じだった。

「でも駄目だなぁ、俺は結局。恋は盲目だね。俺はいっつも現実を見てるつもりで偉そうにやってるけど、いつの間にかおとぎ話みたいにしちゃって、女の子の事好きになっちゃうんだよなぁ。」

Yさんは自虐的に笑ったけど、そこに悲観的な湿り気はなかった。どんな話をする時でもYさんの話し方には、吹けば飛んで行きそうな軽やかさがあった。

「あ」

Yさんがふと窓の外に目を向けて声をあげた。夕陽の透き通った橙色が、向かいのビルの表面を照らしている。でもそれと同時に、針みたいに細かい雨も降っていた。雨と晴れ。不自然な組み合わせのはずなのに、そうは見えない。

「狐の嫁入りだ。」

Yさんはテーブルに肘をつきながら呟いた。その声は、Yさんからは聞き慣れない、宛先のない手紙みたいな声だった。

「俺、天気の中だったら、狐の嫁入りが好きだなぁ。」

 

※この岡山天音はフィクションです。でもYさんがどこかに実在するなら会ってみたいです。

いや、やっぱり会いたくないです。

 

【#1】※この岡山天音はフィクションです。/「岡山天音って本名?」

【#1】※この岡山天音はフィクションです。/「岡山天音って本名?」

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【#2】※この岡山天音はフィクションです。/「SI 俺たちはいつでも」

【#2】※この岡山天音はフィクションです。/「SI 俺たちはいつでも」

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